穏やかな空

2.曖昧

付き合ってんだか、そうじゃないんだか、そんな曖昧な関係。

「泉、つぎ音楽室ー?」
「いや、屋上」
「屋上てどうよ。サボりかよ!」
奏が吹き出しながら突っ込んでくる。
「じゃー、俺も次は屋上~」
情報処理の教科書を持ちながら、あっけらかんに言う。
なんだよ、授業受ける気満々だったんじゃないのか、この人。
なんだか自分が奴を悪い道に導いているような気分になってしまう。
「ほれ、はやく行こーぜ」
にこにこ笑いながら手をつないでくる奏を見たら、悪の道とかそんなの全部ふっとんでしまった。
そうだよ、サボるのはこいつの意思であって、俺が気にすることじゃない。

立ち入り禁止と思い切り大きな字で書かれた紙が貼ってあるそのドアは、鍵がかかっていない。管理はどうなっているのやら。
キイと音を鳴らしながらドアを開けると、そこには青空が広がっていた。時折吹いてくる風が気持ちいい。
適当な場所にごろんと寝転んでうっすら目を閉じる。授業開始のチャイムが聞こえた。
「おまえほんとサボっちまっていーの?」
今ならまだぎりぎり間に合うし、念のため一度聞いてみたら、
「なんでそんなこと聞くわけ? 風紀委員かよ。優等生もね、たまには休みが必要なんですー」
ふざけ半分な答えが返ってくる。
奏はなんでこの学校にいるのか不思議なくらいの学力の持ち主だった。
優等生と自分で言うのもどうかと思うが、それは本当のことで。
しゃべるとボロがでるが、サラサラの黒髪にきちんとアイロンのかかってあるカッターシャツ。
黙っていればほんと優等生。……黙っていれば。

と、不意に視界が暗くなる。
不思議に思って目を開けると至近距離に奏がいた。
目が合った瞬間、そっとキスされる。

起き上がって思わず口を押さえ、叫んだ。
「なにすんだよ!」
「え? チュー」
脱力感を感じながら、奏のほうを見ると、なんてことないようなけろりとした顔をしている。
奏とキスをするのはこれが初めてじゃなかったけれど、いつも突拍子がなさすぎるので慌てふためいてしまう。
赤くなっているであろう顔をみられたくなくて、うつむき加減に尋ねた。
「奏って、俺のこと好きなわけ?」
「泉は?」
手を後ろに回して、逆に聞き返された。質問に答えろ!
「俺は置いといて、おまえはどうなんだよ」
「どうだろうね。嫌いじゃないよ。んー、キスするのは好き」
しゃあしゃあと言いやがった。どうなんだ、その返答は。なんかおかしい。
「泉は?」
「俺も、嫌いじゃないけど」
「じゃあ、いいじゃん」
そういってもう一回口付けてくる。あー、なんなんだほんと。
でもいちばん厄介なのはそれが嫌じゃない自分だ。振りほどけない。けど、これ以上近づけない。これ以上望まない。
向こうも同じなんだろうか。あっけらかんとしてるか、動揺してるかの違いだけで。

もうしばらく続いてしまいそうなこの曖昧な関係。
もしかしたらこれはこれで悪くはないのかもしれない。なんてぼんやり思ってしまって、自分自身にぎょっとした。