「壱羽、ビール飲むー?」
「飲む~」
缶ビールを渡されて、ほんの一瞬手が触れたときふっと感じた妙な違和感。
「夏はビールに限るやねえ」
「俺ら一応未成年だけどな」
「なにそんな主張しとんのよ。おまえも共犯じゃい」
茨木は顔はいいが、口は悪い。たいがい悪い。
彼とは中学の入学式にいちわといばらぎ、席が近くだったから仲良くなった。それから中学3年間同じクラスで、高校も同じ、クラスも3年間同じ。これはもう腐れ縁としかいいようがない。
ふたりまったく性格が違って、どちらかの苗字が違っていれば、多分ただの同級生だったろう。苗字って恐ろしい。それのおかげで、いいんだか悪いんだか、今じゃなんでも言い合える仲だ。
「なー、壱羽は進学?」
茨木の相談はいつも突然。しかもしょうもないことが多い。俺も人のことは言えないが。今日のは珍しくかなりマジメな相談事だ。
「うん。専門学校」
「ふーん」
それきっり茨木は黙った。気づかれないように彼のほうを見ると目を伏せてなにやら考え込んでいる。まつげ長いなーなんて考えてたら、またさっきの変な感じが蘇った。はっきりしないこの感じ。気持ち悪い。なんだっていうんだろう。うまく表現できない、ただ違和感としか。俺はこの先ずっとこれを抱えて生きていかなきゃならんのだろうか。
「俺、家継ぐことになってんだよなー」
「......酒屋?」
「そ。まずは親父の手伝いから」
そうなのか。まさかこの先の進路も同じになるわけないとは思っていたけれど、
「腐れ縁もこれまで」
らしくなくぽつりと茨木が言った。
......おんなじこと考えてたんだな。
「オレ、初めんうち壱羽いねーのすげー違和感感じそう」
「何いってんの」
まだ夏じゃないか、と思ったけれど、実際もう夏というほうが正しい。3年生はこれから、学校に来るのがこれから格段に減る。......というか、今の発言はなんだ?! 何気にすごいこといわなかったか、あいつ。
「だって横にお前いるの当たり前だし」
ビールの酔いでも回ったか。やめてくれそんな薄ら寒いこというの。そんなこと言われたら、言われたら。
やっぱり酔いが回ったらしく、奴はこてんと俺にもたれかかってきた。ただそれだけのこと、いままではなんでもなかったことなのに。まったく酔っちゃいない俺の顔は今多分すごく赤いだろう。
はっきりと自覚してしまった違和感の正体。
自分で自分に勘弁してくれと訴えながら、寝入った茨木を起こすこともできず、ただ寄りかからせていた。
常識とかこれまでのこととか何もかもふっとばして、今はこのままで、今だけは。
明日になったら、いや、茨木が目を覚ましたら、きっと、以前の俺でいるから。